事案の概要
山田さん(仮名)は、都内で居酒屋を経営していましたが、コロナウイルスの流行で経営が苦しくなり、虚偽の申請書を提出して、某県が実施していた感染拡大防止協力金を約1300万円詐取してしまいました。
山田さんには国選弁護人が就いていましたが、何度も再逮捕され、身体拘束が長期化していました。当事務所の弁護士は、山田さんの妻から依頼を受け、再逮捕の途中から私選弁護人として弁護活動を開始しました。
弁護の流れ
(1)早期保釈と公判準備
当事務所の弁護士は、担当検察官に対し、早期に捜査を進めてくれるよう申し入れるとともに、保釈の準備をすすめ、最後の再逮捕にかかる被疑事実が起訴された日に、速やかに保釈請求を行いました。この保釈請求は認められ、山田さんは、逮捕から数日のうちに、自宅へ帰ることができました。
また、山田さんは初回公判がおこなわれる前に保釈されたため、公判に向けて、弁護士と綿密な打合せをすることができました。
(2)県に対する被害弁償
山田さんは、県に対して詐取金額全額を返済したいという意向があったものの、経済的な問題で一括返済ができる状況になく、分割での返済、それも月々十万円以下の支払いが限界という状況でした。
弁護士は、県に対し、毎月十万円程度の金額を分割で返済するという内容で被害弁償を申し入れましたが、担当者からは、「詐取金額一括の支払いでなければ受け付けない。」、「詐欺事件での分割返済を受け入れた例は過去にない。」などという回答で、全く取り合ってもらえませんでした。
しかし、弁護士は、山田さんの返済に対する強い意思を伝えたり、山田さんの資力状況を疎明する資料の送付を行ったりして、粘り強く分割での被害弁償を申し入れました。その結果、県は、こちらの提案どおりの被害弁償案を受け入れ、その旨を記載した合意書の取り交わしにも応じてくれました。
(3)山田さんの妻と従業員の協力
山田さんは、コロナウイルスの影響で居酒屋の経営が厳しくなっても、妻や子、従業員にそのことを言い出せず、妻に生活費を渡し、従業員に給料を支給するため、感染拡大防止協力金を詐取してしまいました。
その事実を知った山田さんの妻は、アルバイト勤務先のシフトを大幅に増やし、経済的に山田さんを支えるようになりました。
また、居酒屋の従業員は、定期的に経営ミーティングを開いて、山田さんと一緒に売上向上のための戦略を考えてくれたり、駅前でのチラシ配りといった営業活動を積極的に行ってくれたりしました。
弁護士は、山田さんの妻や居酒屋の従業員による上記取り組みを公判で明らかにするため、山田さんの妻と従業員1名を情状証人として法廷に呼び、情状質問を行いました。
(4)実刑判決
上記弁護活動を尽くしたものの、被害弁償金額の少なさや再犯可能性が十分に低減していないとの理由で、山田さんは実刑判決になってしまいました。
弁護士は、即日控訴申立て及び保釈請求を行い、山田さんは数日のうちに再び保釈されました。
(5)追加の被害弁償
山田さんの実刑判決の報を知った親戚や友人、常連客は、次々に山田さんへの融資を申し出てくれました。山田さんは、こうした人々からの協力を得て、無事に詐取金額全額を返済することができました。
(6)妻の協力と山田さんの被告人質問
山田さんの妻は、第一審判決後、より多くの収入が得られる仕事の正社員に転職し、引き続き経済的に山田さんを支えました。
それだけでなく、山田さんの妻は、週に1回は居酒屋の帳簿を見て経営状態を把握し、山田さんの経営上の悩みを聞く日を作ってくれ、山田さんが一人で悩みを抱えることがないよう、精神的にも支えてくれました。
こうした取り組みは、妻の陳述書として控訴審裁判所に提出しました。
また、追加の被害弁償を行った経緯や再犯をしないことへの思いは、被告人質問を請求して、山田さん自身に語ってもらいました。
(7)執行猶予判決
こうした弁護活動を尽くした結果、控訴審において、山田さんは、無事に執行猶予判決を得ることができました。
弁護のポイント
財産犯は、被害弁償の有無や金額の多寡が判決内容に大きく影響します。
「少額や分割での被害弁償は一切受け付けない。」と言われても、時間をおいて再度依頼するなど、少しでも被害弁償を行うための工夫や取り組みが重要です。
弁護士のコメント
最初の逮捕のときから数えると、控訴審で執行猶予判決を得るまで、1年以上の時間がかかりましたが、たくさんの人の協力を得ながら、山田さんが最後まで諦めずに戦い続けてくれたおかげで、無事に執行猶予判決を獲得することができました。
山田さんや関係者の皆さんに心から感謝するとともに、弁護人として、この結果を大変嬉しく思っています。