逮捕に伴うあらゆるリスクから医師免許を守りたい 刑事弁護人が解説

はじめに

医師(歯科医師も含む)が逮捕された場合,一般の刑事事件と同じプロセスで刑事処分を受けることとなります。しかしながら医師特有のリスクも少なくありません。刑事処分が科されると医道審議会で行政処分受けることとなり,一定期間の業務停止,最悪の場合には医師免許の取消・剥奪となってしまう可能性があります。

〇医師が逮捕された場合に予想される固有のリスク

・身体拘束により出勤できず,予定されていた手術や診察ができなくなる
 ⇒患者様や職場に影響が及ぶ

・実名報道のリスクが高い ⇒ その後の仕事や社会生活に支障が出る恐れ

・医道審議会の存在 ⇒ 医師免許の取消・剥奪や業務停止の可能性

 

弁護士が弁護活動を行うことで,このようなリスクを未然に防いだり,被る不利益の程度を軽くしたりすることができます。

この記事では,医師が逮捕された際の刑事裁判や,いずれ審議される医道審議会の概要とその際の弁護士の役割について解説していきます。

 

▶ 医師に対する行政処分

行政処分の種類

医師が罰金以上の刑事処分を受けた場合,医道審議会で行政処分を審議されます。医師・歯科医師に対する行政処分には以下のようなものがあります。

 

・戒告

・医業停止・歯科医業停止(1月~3年以内)

・免許取消

 

行政処分の理由となる者

医師法では,心身の障害などの他に以下のような者が行政処分の対象になるとされています。

 

・罰金以上の刑に処せられた者

・医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者

・医師としての品位を損するような行為をした者

 

罰金以上の刑とは,懲役刑・禁固刑・罰金刑を指し,起訴され有罪判決が確定した場合には行政処分の対象となります。執行猶予判決の場合も同様です。

 

不起訴の場合

不起訴となった場合は,基本的に医道審議会で行政処分の対象となることはありません。

ただ,上記に示した通り,医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者,医師としての品位を損する行為をした者と認定された場合には行政処分の対象となる可能性があります。

 

行政処分の判断基準

医道審議会分科会は「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」という文章で行政処分の基準を示しています。

行政処分は処分対象となるに至った事実や経緯を個別の事案ごとに判断されます。

刑事処分の判決内容を参考としつつ,以下のような医師に求められる倫理に反する行為をした場合には厳しく判断をされることとなります。

 

・業務を行うにあたり当然負うべき義務を果たしていないことに起因する行為。

・医療を提供する機会を利用したり,医師の身分を利用して行った行為。

・他人の生命・身体を軽んじる行為。(業務以外の場面においても)

・自己の利潤を不正に追及する行為。

 

例えば,交通事故を起こしたにも関わらず救護義務を取らずに立ち去る行為や,診察の機会に乗じたわいせつ行為などは上記の医師に求められる倫理に反する行為として厳しく判断されます。

 

具体的な事例

令和3年7月,9月に行われた医道審議会での行政処分の決定を一部抜粋して示します。

◆医師

児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反

医業停止2年

大麻取締法違反/道路交通法違反,過失運転致傷

医業停止1年

医師法違反

医業停止8月

道路交通法違反

医業停止4月

銃砲刀剣類所持等取締法違反

戒告

傷害

戒告

 

◆歯科医師

危険運転致傷、道路交通法違反

歯科医業停止3年

過失運転致傷、道路交通法違反

歯科医業停止6月

道路交通法違反

歯科医業停止4月

無免許過失運転致傷

歯科医業停止2月

 

▶ 捜査段階での弁護活動

逮捕されるとどうなる?

逮捕されると警察署で身体拘束を受けることになります。

身体拘束が予想される期間

⇒勾留が却下されると2,3日

⇒勾留決定がなされると検察官の最終処分まで,さらに10日~20日

⇒最終処分の決定に応じ身体拘束が継続

 

もちろん事件の内容によっては数日で釈放となる場合もありますが,最長の場合には捜査段階で最大23日間の身体拘束が予想されます。勾留が決定してしまうと,長期に渡る身体拘束を受けることとなり,職場等への影響は避けられません。

 

弁護活動の方針

逮捕されたからといって必ずしも長期の身体拘束が決定したというわけではありません。

弁護士は専門的知識や経験をもとに弁護活動を行い,少しでも早く社会生活へ復帰できるよう早期釈放や不起訴処分を目指します。

医師の方は,どのような刑事処分が下されるかによって,医道審議会での行政処分の程度が変わってくる可能性がありますので,慎重な弁護活動が必要です。

 

▶ 医道審議会での代理人活動

医道審議会とは

医道審議会は刑事事件の判決確定後,以下のようなプロセスで進行していきます。

刑事事件の判決から1年程度で,医道審議会の事案報告書の提出について連絡がきます。

呼び出しから処分の決定までは2,3週間程度と短期間です。また,処分の決定から発効までも2,3週間程度となります。

医道審議会の流れ 厚生労働省による事案の把握・調査 行政処分対象事案報告書の提出 処分区分の決定 意見の聴取(免許取り消し・偉業停止) 弁明の聴取(偉業停止・戒告) 医道審議会での審理・処分内容の決定

代理人活動の方針

医道審議会では弁護士を代理人・補佐人として選任することが認められています。

弁護士が関わることができるのは,医師に意見の機会が与えられている,行政対象事案報告書の提出の段階と,意見・弁明の聴取の段階です。(上図青枠)

弁護士は,事案報告書作成のサポートや,医師と共に意見・弁明の聴取に同席し,代理人活動を行います。医道審議会に提出されている情報は医師にとって不利なものが多いため,弁護士が医師に有利な証拠を主張していくことが重要となります。

決定した行政処分に不服がある場合は,異議申立や取消訴訟を提起することもできます。

 

▶ 弁護士に依頼するメリット

不起訴となれば医道審議会での審議を受けることはありません。起訴となった場合は,その最終処分の程度が医道審議会での行政処分の判断に影響を与えることになります。

早期釈放や不起訴処分を目指すためにも,逮捕からすぐに弁護士に依頼することが重要です。

 

  • 逮捕直後の接見で今後の見通しを立てることができる

弁護士は逮捕されている被疑者と,時間等の制限なく接見をすることができます。特に,逮捕直後は弁護士以外の接見は認められていないため,詳しい状況を把握するためには、弁護士に接見を依頼することが必要です。

当事務所では,基本的に弁護士は依頼を受けたその日のうちに接見へ向かい,被疑者の現在置かれている状況の確認をします。

 

  • 取調べのアドバイスをすることができる 

取調べでは、警察や検察は被疑者に事件に関する供述を求め、被疑者の話した内容を調書にまとめます。この調書は,捜査において重要性の高い証拠となります。一旦,作成した調書の内容を覆すのは,簡単ではありません。弁護士と取調べへの対応について慎重に話し合い,適切な対応をしていく必要があります。

また,脅迫や誘導などの手段による不当な取調べが行われた場合には,弁護士が警察や検察,裁判所に抗議をすることもできます。

 

  • 早期の身柄解放を目指すことができる

早期の身柄解放ができる可能性が高いのは,勾留が決定するまでの逮捕から2~3日の間です。この段階では,弁護士は意見書の提出や面談などを行い,検察官や裁判官に勾留の必要性がないことの説明や,身柄解放の交渉を行います。

 

  • 被害者との示談交渉ができる

被害者に対し怪我や損害を与えてしまった事件の場合,相手方と示談が成立すれば,最終処分が軽くなる可能性が高まります。その後の医道審議会においても,示談の成立や被害弁償がなされていることは医師にとって有利な証拠となります。

しかし,被害者は被疑者本人やその家族に会いたがらないときが多く,また被疑者の身柄が拘束されていれば被害者と会うことが物理的にできませんので,通常は,弁護士が間に入って交渉することになります。弁護士が,被害者の立場にも理解・共感を示しつつ、丁寧な事情説明等により被害者のストレスを軽減し、結果として示談が成立する可能性が高まります。

 

  • 医道審議会でも継続したサポートができる

医道審議会では付添人・補佐人として弁護士を選任することが認められています。

本人に聴聞の機会が与えられているため,その際に証拠や主張を示すなど,事案をよく理解した弁護士が,少しでも行政処分か軽くなるよう働きかけを行います。

また,刑事裁判での判決の内容が医道審議会の判断に影響を与えます。刑事裁判で少しでも軽い判決を取ることができれば,医道審議会での行政処分も軽くなる可能性が高まりますので,刑事事件の段階から弁護士に依頼をすることが重要です。

行政処分に不服がある場合,厚生労働大臣への異議の申立や,裁判所に取消訴訟を提起するなどの方法があります。そのような場合にも,弁護士がサポートすることが可能です。

 

▶ 実名報道のリスク

実名報道について明確な基準があるわけではありませんが,社会的な関心の高い職業についている者が起こした事件については,実名で報道がされることが多くなります。医師や歯科医師,医学生などはこれに該当します。

弁護士は意見書などを通して警察・検察,報道機関などに対し,実名報道をしないよう求める働きかけをすることができます。

また,多くの場合で事件が報道されるのは逮捕の段階であるため,その後不起訴となったとしてもインターネット上に逮捕の事実が残ってしまうことが考えられます。そのような場合でもインターネット上に残っている記事に対し,削除請求をすることができます。

 

▶ 医学生の場合

医学生が在学中に事件を起こし,罰金以上の刑を受けた場合,退学処分となるか否かは大学の裁量によります。

医師免許の交付について医師法には,「罰金以上の刑を受けた者には免許を与えないことがある」とありますが,これは一律に判断されるわけではなく,個々の事情を鑑み判断されることとなります。

 

解決事例①

~弁護人は現場を確認したことで勾留されず釈放となり、その後不起訴となった事例~

【事案】

 ある医師Aさんが某駅のエスカレーターで、目の前の女子大学生のスカートの中を小型カメラで盗撮をしましたが、盗撮中に、その女子大学生に気づかれ、そのまま通報されました。そして、現場した警察官により都迷惑防止条例違反の罪で現行犯逮捕されました。逮捕直後、Aさんのお父様から依頼を受け、当事務所の弁護士が弁護活動を始めました。

【解決内容】

◇早期の身柄釈放活動

 早速、弁護人が、Aさんが留置されていた警察署に出向き接見をしたところ、Aさんは弁護士と相談するまでは、捜査機関に黙秘をしてくださっていました。Aさんにお話を伺うと、家族に知られるのと医道審議会が怖いので対応に困っており、否認するか迷っているということでした。
 そこで弁護人が、事件状況を確認するため現場に伺うと、事件が発生したエスカレーターは防犯カメラに完全に映る位置に存在しており、安易な否認は難しいことが分かりました。同日に弁護人が再度Aさんに接見し、防犯カメラがしっかりエスカレーターを捉えているはずである旨を話すと、Aさんも納得し、罪を認めるという方針が決まりました。
 そこで、弁護人としては、お父様から身柄引受書をいただき、Aさんに反省文と誓約書(通勤ルートを変える等)を作成していただきました。また、如何にAさんの手術を待っている患者様が多いかを示すAさんの手術予定表といった資料を、弁護人意見書とともに裁判所に提出し、裁判官と交渉したところ、勾留請求却下、即時釈放ということとなりました。こうして、職場・奥様・子供に事件を知られることなく、Aさんは逮捕から2日で日常生活に戻ることができました。

◇最終処分(不起訴)に向けての活動

 また、Aさんの身柄釈放後は、Aさんに心からの謝罪文を書いてもらい、それを被盗撮者の方にお示しすると同時に、弁護人の方で、被盗撮者の不安を酌んで慎重にお話を進めたところ、ありがたいことに示談をしていただくことができました。
 これにより、Aさんは、検察官に調べられることなく、不起訴処分となりました。
 弁護人としては、Aさんの生活を守ることができて、胸をなでおろした事案でした。

解決事例②

~盗撮で示談が成立しなくても不起訴が得られた事例~

【事案】

ある医師Bさんが某駅の階段で、目の前の女子高生のスカートの中を携帯電話で盗撮をし、都迷惑防止条例違反の罪で警察にて取調べを受けた後(逮捕されなかったのは幸運でした)、ご相談にいらっしゃいました。
医師の方のお話では、医道審議会を受けたくないので、どうしても不起訴にして欲しいとの希望でした。

【解決内容】

 都迷惑防止条例違反は社会に対する罪ではありますが、実質的な被害者(盗撮された方。「被盗撮者」といいます。)が存在するので、被盗撮者との間で示談ができれば、Aさんに前科がない限りは、不起訴に終わる示談でした。
 もっとも、本件は盗撮しているBさんの姿を見た他の客がBさんを取り押さえて、鉄道警察に引き渡したので、結局、被盗撮者が誰であるかは分からず、示談はできない事案でした。
そこで、弁護人は、2つの方針で検察官を説得することしました。
まず1つ目の方針は、Bさんの内省を徹底的に深め更生を図ることでした。Bさんは、ストレスがたまると継続的に盗撮してしまうとのことでしたので、弁護人から性依存症に定評があるクリニックを紹介し、定期的に通っていただくこととなりました。そして、その通院で学んだことを反省文にしていただきました。Bさんはクリニックでどのようなときに盗撮がしたくなるのか、そして盗撮したい感情が生まれたとき、それをどう逸らすかを学びました。そして、その通院で学んだことを反省文にしていただきました。
2つ目の方針は、示談に準じた行動をとることでした。Bさんは示談金相当額を贖罪寄附し、Bさんに被盗撮者に対する謝罪文に相当する手紙を作成してもらった上、弁護人は、「被盗撮者が判明している事案であれば示談ができるのに、判明していない事案であれば示談ができず罰金になるのは、運次第でおかしい」等を主張した意見書を、上記手紙を添付して検察官に提出しました。
これらの方針が効を奏したのか、本件は示談が成立していないにもかかわらず、Aさんは不起訴となりました。「もうダメかと思った」と涙を流して感謝してくださったAさんの顔をいつまでも忘れることはできません。

 

まとめ

医師が逮捕された場合,それに伴う不利益は一般の方よりも大きくなることが予想されます。逮捕されてすぐの段階から,弁護活動を進めることで,早期解決や処分が軽くなる可能性が高まります。また,刑事事件で起訴となってしまった場合でも,医道審議会での代理人活動など継続してサポートすることができます。

医業にかかわる犯罪から,直接的な関係のない犯罪まで,トラブルの解決を専門的知識と経験を持つ当事務所の弁護士がサポートいたします。

逮捕されてしまった医師の方,又は被疑者の立場になった方のご家族・ご本人からのご相談をお待ちしております。

執筆者

ヴィクトワール法律事務所

刑事事件について高い専門性とノウハウを有した6名の弁護士が在籍する法律事務所です。

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