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インターネット上の誹謗中傷について
近年、誹謗中傷、特にインターネットの匿名性を悪用した特定の個人や会社に対する誹謗中傷が社会問題となっています。誹謗中傷には、他人の悪口を言うだけではなく、根拠のない事実、事実無根の内容等を言いふらすという意味も含まれています。近年では、SNS上での誹謗中傷が原因で、テレビ出演していた女性が自殺した事件もきっかけとなり、刑事罰の厳罰化や、発信者情報の特定をより容易にするための法改正等が進められてきています。
一方で、憲法では表現の自由が保障されており、個人や会社にとって不利益な情報や批判の全てが誹謗中傷となるわけではありません。表現に対する厳罰化が表現の自由を脅かすのではないかという指摘もあり、表現の自由の範囲を巡る境界は明確ではありません。
どのような書き込みが誹謗中傷に当たるかは、刑事訴訟や民事訴訟の場で個別具体的に判断されることになります。行為の連続性や、投稿内容の悪質性といった様々な要因によって、刑罰の重さ(刑事訴訟)や慰謝料の金額(民事訴訟)が変わってきます。誹謗中傷の対象となっている人物の名前が伏せられているような場合でも、表現内容だけでなく前後の文脈をも踏まえ、一般の読者の通常の注意と読み方に照らし、誹謗中傷に当たるか否かが判断されます。
以下、インターネット上の誹謗中傷を念頭に置いて解説します。
誹謗中傷に関する刑事罰
誹謗中傷が認められると、刑事手続上は以下のような犯罪・刑罰に問われる可能性があります。
名誉毀損罪
本罪は、公然と事実を摘示し、人の社会的評価を低下させるような書き込み等をした場合に適用されます。刑罰は、「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」と定められています(刑法230条1項)。もっとも、その書き込み等が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められ、さらに、内容の真実性が認められれば、行為の違法性が失われ、例外的に名誉毀損罪は成立しません(刑法230条の2第1項)。また、行為者が摘示した事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときも、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しません(最高裁判例)。要するに、内容が真実であるか否か、さらには真実であると誤信する確実な資料・根拠があったか否か等が犯罪の成否にとって重要なポイントとなるのです。
侮辱罪とその厳罰化
本罪は、事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱する書き込み等がなされた場合に適用されます。刑罰は、2022年7月7日施行の改正刑法では、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」と定められています(刑法231条)。それまでの法定刑は「30日未満の拘留」か「1万円未満の科料」という比較的軽いものでしたが、その上限を引き上げて「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」が新たに加えられたのです(侮辱罪の厳罰化)。また、公訴時効が1年から3年に延長されました(刑訴法250条2項6号)ました。さらに、他人をそそのかして犯罪を実行させる「教唆犯」、犯罪の手助けをする「幇助犯」の処罰が可能になりました。
これらの侮辱罪の厳罰化により誹謗中傷の抑止効果が高まることが期待されています。もとより、改正刑法の対象となる行為は、改正刑法施行後に実行されたものに限られます。
名誉毀損罪と侮辱罪の違い
名誉毀損罪と侮辱罪の違いは、「事実の摘示」があるか否かです。
事実の摘示があれば名誉毀損罪、事実の摘示がなければ侮辱罪、という違いです。
例えば、「Aさんは浮気をしている。」という書き込み等をした場合、浮気という事実の摘示があるため名誉毀損罪が成立し得ます。他方、「Aさんはバカだ。」という書き込み等をした場合は、具体的事実の摘示がないので侮辱罪のみに当たり得ることとなります。これらの境界も必ずしも明確ではなく、事案ごとに個別具体的に判断されることとなります。
脅迫罪
人の生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨の書き込み等がなされた場合に適用されます。刑罰は、「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」と定められています(刑法222条)。
例えば、「〇〇市に住んでいるAを殺してほしい。」などと書き込んだ場合が想定されます。ブログに連続して「死ね」と書き込んだ人物に脅迫罪が認められた判例もあります。これらの書き込みの場合、投稿者が直接Aを殺害するとは述べていませんが、Aの立場からしてみれば害を加えられると畏怖するのが通常ですので、脅迫罪が成立し得るのです。
偽計業務妨害等罪
本罪は、虚偽の風説の流布や偽計を用いて、人の業務を妨害した場合に適用されます。他に威力業務妨害罪も規定されています。刑罰は、「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と定められています(刑法233条、234条)。
例えば、「○○食品の商品に虫が入っていた。」などと嘘を書き込んだ場合が想定されます。また、勤務先でアルバイト従業員が悪ふざけで不適切な動画を撮影しこれを投稿する、いわゆる「バイトテロ」も、偽計業務妨害等罪に問われることがあります。
改正プロパイダ責任制限法
誹謗中傷による権利侵害の被害者救済を手厚くするため、プロパイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)が改正され、発信者情報の開示がより容易になりました。改正法の施行日は2022年10月1日です。
従前は、一般的に、①コンテンツプロパイダへの発信者情報開示の仮処分の申立て、②アクセスプロバイダへの民事訴訟の提起という2段階の手続が必要で、これらの手続に多くの時間や費用が掛かるという問題がありました。
改正法では、これらの手続が一元化され、1段階の手続で発信者情報の開示を受けられることとなりました。
民事上の責任
誹謗中傷には民事上の不法行為に基づく損害賠償責任等が発生することもあります。
例えば、名誉毀損を原因とする民事訴訟では、投稿内容はもとより、社会的評価の低下の度合い等一切の事情を裁判官が個別具体的に検討し、賠償額を決定することになります。また、自ら誹謗中傷の書き込みをした場合でなくても、書き込みを拡散させる行為(ツイッター上のリツイート等)をした人物に損害賠償が認められた判例もあります。
誹謗中傷の損害賠償請求では、事案によっては以下のように100万円を超える比較的高額の賠償が命じられるケースもあります。相手方が企業や事業主であれば、さらに高額になることもあり得ます。加害者に不法行為が認められると、慰謝料に加え、場合により発信者情報開示請求の費用や弁護士費用の全部又は一部が加算されることもあり得ます。
ブログに差別的記事を投稿した人物に130万の損害賠償が命じられた事案
本事案では、差別的記事が名誉毀損には当たらないとされながらも、ヘイトスピーチにおける差別は違法であるとして、比較的高額の慰謝料の支払いが命じられました。
SNS上で被害者になりすまし、第三者や被害者に誹謗中傷を行っていた人物に約130万円の損害賠償が命じられた事案
本事案では、なりすまし行為によって名誉権に加え肖像権が侵害されたとして比較的高額の慰謝料の支払いが命じられました。
加害者として逮捕されたら?
万一、誹謗中傷の加害者として逮捕されてしまった場合には、その後の長期にわたる勾留や、家宅捜索、実名報道、起訴され前科が付いてしまう等の不利益を被るおそれがあります。そのような状況になれば、会社や学校など社会生活に重大な影響が生じてしまいます。
逮捕や、長期の勾留、前科が付くことを可能な限り回避するためには、早期に弁護士に相談することが重要です。弁護士は、警察や検察へ書面や面談を通じた働き掛けを行ったり、被害者との示談交渉を行ったり、被疑者やその家族のために迅速に行動することができます。当事務所では、刑事事件について専門の知識や経験を持った弁護士が、被疑者とその家族に寄り添い、勾留や起訴を可能な限り回避するために尽力いたします。
被害に遭ってしまったら?――誹謗中傷被害の刑事告訴
当事務所では、誹謗中傷被害を受けている方(被害者)の代理人活動も積極的に行っています。
より具体的には、被害届の提出、刑事告訴、民事訴訟の提起、相手方との示談交渉、ホームページやブログ・SNS等の運営会社への削除依頼、削除請求、発信者情報開示請求等、最大限、被害者の方の意向を尊重した代理人活動を行うことができます。誹謗中傷被害に関し、弁護士に相談や依頼をされる際には、印刷、スクリーンショット等で、誹謗中傷の証拠(特にURLや投稿日時)を保全しておくことが肝要です。
誹謗中傷が刑法に定められている罪に当たるのであれば、通常、警察署等の捜査機関で告訴を受理してもらうことができます。ただし、提出する証拠が余りにも不十分である場合には、告訴が事実上受理されなかったり、告訴が受理されても捜査に時間がかかったりすることが考えられます。
一見、告訴が難しいと思われる場合でも、法律の専門的知識を持つ弁護士であれば、証拠を収集して告訴状等を作成し提出することで、捜査機関に事案や犯罪事実を明確に伝え、告訴を受理してもらいやすくすることができます。告訴状等を提出した後も、捜査機関に進捗の問い合わせなどを行い、場合により新たに証拠を提出するなどして、告訴の受理や捜査が円滑に進むよう促すこともできます。
おわりに
どのような書き込みが刑罰や損害賠償請求の対象となってしまうのか一般の方は判断のつかない場合が多いと思われます。過去の投稿が誹謗中傷なのではないかとご不安の方、ご家族が逮捕されてしまった方、或いは、誹謗中傷被害を受けている方のご相談をお待ちしております。
解決事例
刑事告訴のケース
当事務所は、インターネット上の名誉毀損について多くの刑事告訴を行い、名誉毀損罪や恐喝罪等の犯罪で相手方が処罰された事例を豊富に有しております。そのうち半数程度の事例において、加害者から損害賠償金を得、示談を行い、加害者は不起訴処分となりました。インターネット上の違法・不当な書き込み等は、直接的に名誉毀損罪に当たらなくとも、脅迫罪や恐喝罪等の別罪に当たる可能性があります。誹謗中傷被害でお悩みの方は、ぜひ当事務所にご相談いただけますと幸いです。
民事上の損害賠償請求のケース
当事務所は、名誉毀損について民事訴訟を提起し、判決又は裁判上の和解において相手方から損害賠償金を獲得した事例も豊富に有しております。インターネット上の名誉毀損の場合、民事訴訟に先立って発信者情報開示の仮処分を得ていることが多く、要するに、他の裁判官によって違法性があらかじめ確認されていることも多いといえます。その場合、仮処分の後の民事訴訟でも事実上有利に働くことがあります。民事上の解決をご希望の方も、ぜひ当事務所にご相談いただけますと幸いです。