2.痴漢事件の捜査、裁判
(1)痴漢事件の犯罪名
痴漢行為は、おもに、通常「迷惑防止条例」といわれている都道府県が定める条例に違反する場合と、刑法の強制わいせつにあたる場合があります。
都道府県によって迷惑防止条例の罰則に多少の幅がありますが、東京都の迷惑防止条例(「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」)では、単純な痴漢行為は、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金(法定刑、科すことができる刑の上限。)と定められています。
また、行為の態様や回数等が悪質な場合には、さらに重い刑を科すことができると定められています。
(2)被害者の言い分が信用されてしまう事情
起訴された被告人が痴漢行為を認めていないのに、有罪になることがあるのかと聞かれることがありますが、被害者の言い分などから有罪とされてしまうこともないとはいえません。
「証拠がないのではないか。」とおっしゃる方もいますが、裁判では、被害者の証言もひとつの証拠として扱われます。
痴漢事件では、警察官は、先ず被害者の言い分を確認することが多いので、被害者の言い分に引きずられてしまうおそれがあります。
被害者が言っていることが真実かどうかを判断することは簡単ではありません。被害者の供述が信用できるかについて、裁判所や裁判官の判断が別れることもあります。裁判では、次のような要素を検討して、被害者の言っていることが本当かどうか吟味されています。捜査段階での警察官や検察官も、これらの要素を考えながら捜査を行うことになります。
(1)他の客観的証拠と整合するのか、矛盾するのか
(2)供述に至る経緯は合理的か、取調べ官による誘導や威迫はされなかったか
(3)供述内容は一貫しているか、合理性を疑われる部分はないのか、変遷しているか、また、変遷は合理的に説明できるのか
(4)虚偽供述の動機のあるか
(3)痴漢の捜査
事件の捜査において最も大切なことは、事件に関する証拠を十分に集めることです。
証拠には、物証(客観的証拠)と、人証(人的証拠)に分けることができます。証拠としての価値に絶対的な優越はありませんが、動かしがたい物証(客観的証拠)が重視されれば、誤った判断がされる可能性は減らすことができると考えられています。そのため、捜査や裁判においても、客観的証拠が重視されています。
しかしながら、痴漢事件の捜査は、比較的短時間で行われ、痕跡が残りづらく、客観的証拠が少ないことが特徴です。そうであるからこそ、被害者の証言が重視される傾向があるともいえるのです。
そして、被害者や目撃者などにより被疑者がすでに特定されている場合は、被害者の供述内容や、被疑者の弁解について、一般の事件と比較して十分な裏づけ捜査が行われない可能性も考えなければなりません。
また、警察官や検察官は、
「否認を続けると身柄拘束がいつまでも続く。」
「被害者と示談を成立させれば起訴しない。」
などと説明することがあります。
これらの説明は、一面では真実を表していますが、結果的には、被疑者に対して自白をしたほうが有利であると伝えることになってしまします。このようなことを言われると、いきなり痴漢の犯人であると言われ、警察から取調べを受け、誰にも相談できていない被疑者においては、「早く認めて外に出たい。」と考えることはやむを得ません。
もしこのようにして被疑者が真実に反する内容を認めてしまうと、被害者と被疑者の言い分が合致したとして、客観的証拠の収集が軽視されるおそれが存在してしまいます。